インターネットを使い始めたら、ゲームを心から楽しめなくなっていた話

ども、ざいりょーです。

 

今回は、インターネットを使い始めたらゲームを心から楽しめなくなってしまったということを話していきたいと思います。

今日はラフな感じの記事なので、みなさんも気軽に読んでいただけると嬉しいです。

あれ、ゲームって無理やり遊ぶものだっけ?

ここ1年くらいで、俺はブログを始めたりやらなんやらで、インターネットと関わる機会が凄く多くなりました。

様々なゲーム好きの方と触れ合えますし、色々とモチベーションが上がることも沢山増えました。

けれど、ふとこの1年を振り返ってみた時に、あることに気づいたんです。

 

自分がゲームを心から楽しめなくなっているということに。

 

それまでは、ゲームと言ったら、一度遊び始めたらブレーキが全く効かないほどのめり込んでいたのですが、なぜかここ1年はそのようにゲームに熱狂している自分が見当たらなかったんです。

ゲームは毎日遊んでいるけれど、心のどこかで無理やり遊んでしまっている自分がいると、気づきました。

振り返ると、無理やり遊んでいるせいなのか、積みゲーが増えてました。買ってもすぐにやめてしまうゲームが増えていたんです。

「他人の感覚」という枠に囚われてしまった

心から楽しめない理由はきっとどこかにあると思い、何度も悩みました。

そこで、一度「ゲームをあまり買えていないから楽しめないんだ」という結論を下してしまいました。

おかしいですよね。さっき言ったように、積みゲーは増える一方なのに、ゲームをあまり買えていないからだと決めてしまったんです。

けれど、ゲームを何度買ってもそのモヤモヤは消えなかったので、一度ゲームから離れて、他のことをしてみたんです。

本を読んだり、映画を観たり…。そこで気づきました。

 

俺は、インターネットの世界に自分を当てはめようとしていたんです。

 

インターネットに深く関わるまでは、ゲームショップで見つけた面白そうなゲームを「自分の感覚」で見つけて、親にねだって買ってもらっていました。

これは自慢ではありませんが、俺の感覚は正しかったのでしょう。その「自分の感覚」で見つけたゲームは、一生遊べるほど楽しめていたんです。

ですが、最近になって、インターネットでゲームの発売情報などがどんどん流れてくるようになったため、「自分の感覚」ではなく、「他人の感覚」に身を任せてゲームを買っていたんです。

無理やり、「他の人の感覚」で、ゲームを楽しもうとしていたんです。

 

結局、一番俺を知っているのは俺なんです。

俺以外の人間の感覚に共感することはあるかもしれないけれど、完全に一致することなんて絶対にないんです。

それに気づいたときは、もう全てが解けたと思ってスッキリしましたよ。

やるかやらないか決めるのは自分自身

このモヤモヤを解いたことで分かったのは、やるかやらないかを決めるのは自分自身ということ。

ブログやTwitterもそうですが、自分がやらないと思わない限りは、やらなくていいんです。

けれど、他人と合わて、そして比べようとしていた自分がいた。

 

もう人生の中で何百回も聞いたことがあるような言い回しですが、他人の道を歩んではいけません。

それを、物凄く強く感じました。

インターネットはダメなの?

ここまでの話を聞くと、インターネットの存在を全否定しているようにも聞こえますが、そういうことではありません。

だって、他人に合わせてしまうことは、インターネット以外でもありますから。

 

ですが、俺の場合はインターネットを使い始めたことによって様々な人の情報を取り込むようになり、結果的に自分自身が盲目になっていました。

他人の感覚に汚染されていたら、俺という存在は無いも同然。

なので、インターネットの使い方には気をつけなければいけないということをみなさんに伝えたかったんですね。

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